はじめに
犬の甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンが十分につくられなくなることで、全身の代謝が落ちてしまう病気です。
「最近なんとなく元気がない」「寒がるようになった」「毛並みが悪くなった」といった変化の背景に、この病気が隠れていることがあります。
ただし、症状はどれも日常の中で見過ごされやすく、ほかの病気でも似たような変化が出ることがあります。そのため、甲状腺機能低下症は、見た目の症状だけで決めつけず、血液検査などを組み合わせて慎重に診断することが大切です。
この記事では、犬の甲状腺機能低下症について、
を、できるだけわかりやすく解説します。
「うちの子、最近少し変かも」と感じている方の参考になれば幸いです。
甲状腺機能低下症ってどんな病気?
【甲状腺】とは
甲状腺とは、体の代謝を調整するホルモンをつくる臓器です。犬では、のどのあたりで気管をはさむように左右にあり、ここから甲状腺ホルモンが分泌されます。
甲状腺ホルモンには、主に『T4(総サイロキシン)』と『T3(トリヨードサイロニン)』があり、体温の維持、エネルギー代謝、皮膚や被毛の状態、心臓や神経の働きなど、全身のさまざまな機能に関わっています。
これらのホルモンは、脳の下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の指令を受けながらつくられ、血液にのって全身へ運ばれます。生命維持のためには、この甲状腺ホルモンが適正な量で維持されることがとても重要になります。

このホルモンが多すぎても少なすぎても、体に不調があらわれやすくなります。
『甲状腺機能低下症』とは
甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンが十分につくられなくなることで、全身の代謝が低下してしまう病気です。
代謝が落ちることで、元気がなくなる、寒がる、太りやすくなる、皮膚や被毛の状態が悪くなるなど、全身にさまざまな変化があらわれます。
症状はゆっくり進むことが多く、「年齢のせいかな」「最近ちょっと元気がないだけかな」と見過ごされることもあります。
似た症状はほかの病気でもみられるため、見た目だけで決めつけず、血液検査などを組み合わせて判断することが大切です。

甲状腺機能低下症を発症しやすい犬種や体型は?
甲状腺機能低下症は、中型犬から大型犬で比較的多くみられるとされています。
発症しやすい年齢は4〜10歳ごろとされ、若い犬よりも成犬〜中高齢の犬でみられることが多い病気です。
好発犬種としては、たとえば次のような犬種が報告されています。
ただし、これらの犬種だけに起こる病気ではありません。雑種を含め、どんな犬でも発症する可能性はあるため、「うちの子はこの犬種じゃないから大丈夫」とは言い切れません。
また、小型犬では比較的発症は少ないとされていますが、まったく起こらないわけではありません。
甲状腺機能低下症になる原因
犬の甲状腺機能低下症には、いくつかの原因があります。
ただし、実際には甲状腺そのものに異常が起こる『原発性』が大半を占めるとされています。
原因①自己免疫による甲状腺の障害
もっとも多い原因のひとつが、自己免疫の異常によって甲状腺が傷ついてしまうことです。
本来、免疫はウイルスや細菌などの外敵から体を守るために働きますが、何らかの異常で自分の甲状腺を攻撃してしまうことがあります。
この状態が続くと、甲状腺の組織が少しずつ壊され、十分な量の甲状腺ホルモンを作れなくなります。犬の甲状腺機能低下症では、このようなリンパ球性甲状腺炎が代表的な原因とされています。
原因②甲状腺そのものが萎縮する
甲状腺の組織がはっきりした炎症を起こさなくても、甲状腺が萎縮して機能が落ちてしまうことがあります。これも原発性甲状腺機能低下症の原因のひとつで、自己免疫性の変化と並んでよく知られています。
見た目の症状だけでは、自己免疫によるものか、萎縮によるものかを家庭で見分けることはできません。いずれにしても、甲状腺ホルモンが足りなくなることで、全身の代謝が落ちていきます。
原因③脳からの命令異常
甲状腺は、脳の下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の刺激を受けて働いています。
そのため、下垂体に異常があると、甲状腺そのものに問題がなくても、甲状腺ホルモンが十分につくられなくなることがあります。
これを二次性甲状腺機能低下症と呼びます。ただし、犬ではこのタイプはまれで、実際には甲状腺自体の異常による原発性のほうが圧倒的に多いとされています。
原因④薬や他の病気
甲状腺機能低下症、あるいは甲状腺ホルモンの低下に似た状態は、薬やほかの病気の影響でみられることもあります。
このような場合は、甲状腺そのものが主な原因ではないこともあるため、原因となっている薬の見直しや、もとの病気の治療を進めることで、数値や状態が改善することがあります。

甲状腺機能低下症は、原因がどこにあるかによって次のように分けられます。
- 原発性:甲状腺そのものに異常がある
- 二次性:下垂体に異常があり、TSHが十分に出ない
- 三次性:視床下部に異常があり、さらに上流の命令がうまく出ない
犬では、ほとんどが原発性で、二次性や三次性はまれとされています。そのため、一般的に「犬の甲状腺機能低下症」といった場合は、まず甲状腺自体の異常が原因になっているケースを考えることが多いです。
甲状腺機能低下症のおもな症状
甲状腺機能低下症では、代謝が落ちることで全身にさまざまな症状があらわれます。
ただし、どの症状もこの病気だけに特有というわけではなく、加齢やほかの病気でも似た変化がみられることがあります。そのため、複数の変化が重なっていないかを見ることが大切です。
元気の消失
甲状腺機能低下症では、なんとなく元気がない、動きたがらないといった変化がよくみられます。
たとえば、
といった様子が見られることがあります。
「年を取ったからかな」と思っていた変化が、実は体の不調のサインであることもあります。
異常に寒がる
甲状腺ホルモンが不足すると代謝が落ちるため、寒さに弱くなったように見えることがあります。
たとえば、
といった変化です。
震えがみられる犬もいますが、これは甲状腺機能低下症だけで起こる症状ではないため、ほかの変化とあわせて見ることが大切です。
被毛・皮膚の異常
甲状腺機能低下症では、皮膚や被毛の変化もよくみられます。
たとえば、
といった症状です。
皮膚トラブルはアレルギーや感染症でも起こるため、これだけで甲状腺機能低下症と決めつけることはできませんが、元気の低下や寒がりと一緒に出ている場合はヒントになることがあります。
発情異常
甲状腺ホルモンは全身の働きに関わるため、生殖機能に影響が出ることもあります。
そのため、
といった変化がみられることがあります。
ただし、発情異常にはほかの原因もあるため、これだけで判断せず、ほかの症状とあわせて考えることが大切です。
高齢の犬では、こうした変化を「年のせいかな」と考えてしまいがちです。
しかし、元気の低下や寒がり、皮膚・被毛の異常などが重なっている場合は、単なる老化ではなく、甲状腺機能低下症が隠れている可能性もあります。
では、実際に「もしかして甲状腺機能低下症かもしれない」と思ったとき、どのような検査で診断していくのでしょうか。
甲状腺機能低下症の診断に必要な4項目
犬の甲状腺機能低下症は、ひとつの検査だけで決めるのが難しい病気です。
そのため、診断では次のような情報を組み合わせて、総合的に判断していきます。
- 保護者からの症状の聞き取り(問診)
- 血液中の甲状腺ホルモン(T4、FT4)の測定
- 下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定
- コレステロール値の測定
※❷~❹は血液検査で確認します。
❶保護者からの症状の聞き取り(問診)
甲状腺機能低下症は、症状がゆっくり出ることが多く、しかも老化やほかの病気と見分けがつきにくいことがあります。そのため、保護者からの聞き取りはとても重要です。
たとえば、
といった情報は、診断の大きなヒントになります。
「ちょっとした違和感だから」と遠慮せず、気づいたことはできるだけ具体的に伝えるようにしましょう。情報がそろうことで、不要な検査を減らせることもあります。

普段の生活で気づいた変化をメモして持っていくと、診察で伝えやすくなります。愛犬の負担だけでなく、検査にかかる時間や費用を抑えられることもありますよ。
❷血液中の甲状腺ホルモン(T4、FT4)の測定
甲状腺機能低下症が疑われる場合は、血液検査で『T4(総サイロキシン)』と『FT4(遊離サイロキシン)』を調べます。
採血自体は通常の血液検査と同じですが、ホルモン検査は外部検査機関に委託されることも多く、結果が出るまで少し時間がかかることがあります。

また、検査前の食事制限については病院ごとに案内が異なるため、絶食の有無は必ずかかりつけ医の指示に従ってください。
T4は、甲状腺ホルモンのスクリーニングとしてよく使われる検査です。一方、FT4は血液中でたんぱく質と結合していない成分で、実際に体で働けるホルモンに近い状態をみるため、診断の助けになります。
ここで大切なのは、T4やFT4が低いだけでは確定できないということです。
甲状腺ホルモンはとても不安定な数値で、健康な犬でも、ほかの病気、栄養状態、薬の影響などによって、甲状腺に異常がなくても低く出ることがあります。そのため、数値は単独で判断せず、症状やほかの検査結果とあわせて見ていきます。
❸下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定
TSHも、T4やFT4と同じ採血で調べることができます。別の日にもう一度採血しなければならないとは限らず、同時に検査できることが一般的です。
TSH(甲状腺刺激ホルモン)には、下垂体から分泌され、甲状腺に対して「甲状腺ホルモンをもっとつくってください」と命令を出す役割があります。
原発性の甲状腺機能低下症では、甲状腺そのものに問題があるため、TSHが出ていても甲状腺がうまく反応できません。その結果、TSHが高くなることがあります。
たとえるなら、TSHは上司からの指示、甲状腺はその指示を受けて働く現場のようなものです。
原発性では、上司が何度も指示を出しているのに、現場がうまく動けないため、「もっと働いてください」という指示が増えていく(=TSHの数値が高くなる)イメージです。
一方、二次性では、下垂体のほうに問題があるため、そもそもTSHという命令自体が十分に出ません。この場合は、甲状腺に異常がなくても、指示が来ないために甲状腺ホルモンを十分に作れなくなります。
ただし、ここで注意したいのは、甲状腺機能低下症なら必ずTSHが高くなるわけではないということです。
実際には正常に見えるケースもあるため、TSHだけで診断を決めることはできません。T4やFT4、症状などとあわせて総合的に判断することが重要です。

❹コレステロール値の測定
甲状腺機能低下症では、コレステロール値の上昇がみられることがあります。そのため、一般的な血液検査の中でコレステロールも確認し、診断の参考にします。
ただし、コレステロールが高いからといって、それだけで甲状腺機能低下症と決まるわけではありません。コレステロール値はほかの病気や体質、食事内容などでも変化するため、あくまで補助的な手がかりとして考えます。
ここまでのように、甲状腺機能低下症の診断は、問診・甲状腺ホルモン・TSH・コレステロールを組み合わせて行うのが基本です。
必要に応じて、さらに追加検査が行われることもあります。詳しくはかかりつけ医にお尋ねください。
甲状腺機能低下症の治療法について
甲状腺機能低下症と診断された場合の治療は、原因がどこにあるかによって変わります。
ただし、犬では甲状腺そのものに原因がある原発性が多く、その場合は甲状腺ホルモンを補う治療が基本になります。
ほかの病気が原因の場合
ほかの病気の影響で甲状腺ホルモンの低下が起きている場合は、まず原因となっている病気の治療を進めます。もとの病気が落ち着くことで、甲状腺ホルモンの数値や体調が改善することもあります。
ただし、状態によっては、原因となる病気の治療と並行して、甲状腺ホルモンを補う治療が検討されることもあります。
実際にどこまで治療するかは、その子の症状や検査結果をふまえて獣医師が判断します。
服用中の薬が原因の場合
服用中の薬の影響で甲状腺ホルモン値が低く見えたり、甲状腺機能低下症に似た状態になったりすることがあります。
その場合は、薬を中止するか、別の薬に変更できないかを獣医師と相談しながら検討します。
ここで大切なのは、保護者さんの判断で勝手に薬をやめないことです。
薬によっては、中止や変更によって元の病気が悪化するおそれがあります。必ず獣医師の指示に従って進めましょう。
上記に該当しない場合
原発性の甲状腺機能低下症など、上記に当てはまらない場合は、甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシン)を飲み薬で補う治療が基本になります。
この治療によって、多くの犬で元気や活動性が戻り、皮膚や被毛の状態も少しずつ改善したという結果があります。皮膚や体重の変化は評価まで4〜8週間ほどかかることがあるようです。
ただし、傷んだ甲状腺そのものが元通りに回復するとは限らないため、治療は長期にわたることが多く、場合によっては生涯続けることになります。
また、治療では薬の量の調整がとても重要です。
少なすぎると症状が十分に改善せず、多すぎると医原性の甲状腺機能亢進症を起こしてしまうおそれがあります。そのため、飲み始めたあとも定期的に血液検査を行い、獣医師の指示に従って量を調整していくことが大切です。
まとめ|ささいな変化に気づけるのは家族だけ
犬の甲状腺機能低下症は、元気の低下、寒がる、皮膚や被毛の変化など、日常の中の小さな変化としてあらわれることが多い病気です。毎日いっしょに暮らしている家族だからこそ気づける、という異変も少なくないと思います。
こうした変化は、「年のせいかな」で片づけられてしまいやすい一方で、治療によって改善が期待できることもあります。
気になる症状がいくつか重なっている場合は、早めに動物病院で相談してみましょう。
また、定期的に健康診断を受けている場合でも、甲状腺機能低下症が疑われるときは、通常の血液検査だけでなく、必要に応じて甲状腺ホルモンの検査も相談すると安心です。
症状や年齢、犬種、既往歴などによって、どこまで検査するかは変わるため、心配なことがあれば遠慮なく、

ついでに甲状腺の機能も調べてほしいです!
と獣医師に伝えてみてくださいね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(’ü’)



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